彼女は、困惑していた。 先を読んだかのような突然の発言。何れ自分が言おうと思っていた台詞。 完全に、想定外。 「……一体、如何いうつもりかしら?」 やはりこの娘にも何かしら裏があるのだろうか。 そう考え、少し警戒を含んだ口調で言葉を放った。 『もし、向こうも同じ理由だとしたら……わたくしも相当低く見られたものね……。』 少女が口を開けるまでの一瞬が、ひどく長く感じられた。
「そんなコワイお顔しないでよぉ……ただ、みずは絵梨朱ちゃんと冒険してみたいだけなの……。」 またも想定外。 『……この期に及んで冒険? 何を寝ぼけたことを言っているのでしょう、この娘は……。』 本当に素っ頓狂な答えである。 バトルファイトも残り12体、もう終盤へと差し掛かってきたというのにこの台詞。緊張感の無いことこの上ない。 彼女は呆れて言葉を失った。 つい先程までの緊張が無駄になったような、そんな気分で。 「やっぱり、変かなぁ?」 「えぇ、非常に変わっておいでですわね。」 蛇の少女の問いかけに心無げに答えて、彼女は逆に一言繰り出した。 「それはそうと、何故わたくしとなのですか? 別に他の子でもいいはずでしょう?」 当然の疑問だった。狼の少女ならば“海蛇ならば落すのは容易い”というように、海蛇にも理由があるはずである。そんなことを言うわけにもいかないけれど。 それに、これで怪しい態度を見せれば、今までの言は嘘であり、ただ単に自分を利用する為だけだとわかる。 そうとわかれば、先手を打って殺すだけ。彼女のスピードがあれば、海蛇の胴元にも容易く喰らい付ける。 とても賢い質問。 『あまり考えずに言いましたけど……中々答え難い質問のはずですわ。 流石、狼の祖たるネオシスター、ですわ♪』 ……本人が悦に浸ってなければ、の話だけれど。
だが、海蛇は案外早くこの質問の答えを言った。 「……だって、ほかのみんな……みずと冒険、してくれないんだもん……」 その瞬間、少女の眼から唐突に水分があふれ出した。 白銀の鎧は、跪いて涙を流したのだ。 『全く、まさか泣き出すだなんて……本当に彼女はカテゴリーQなのかしら? 情けないですわ……。』 彼女はこの返答に呆れていた。 まさかそんなことの為に自分を? そう思うと、無性に腹が立ってていた。 「それはそうですわ。バトルファイトの真っ只中で、そんなごっこ遊びに付き合ってくれる者なんて……」 「だってだって、解放されなきゃ冒険も何にも出来ないんだもんっ! それなのに……みんな、みずを笑ったり、攻撃してきたりするんだもん……。みんなといっぱい冒険したいだけなのにぃ……っ。」 彼女の言葉を、少女は泣き喚いてかき消した。 『ギャーギャーと五月蝿い……ですわね……』 彼女の怒りはもう頂点であった。 「ねぇっ……絵梨朱ちゃんは、みずといっしょに来てくれる??」 我儘などを言って通じると思っているその心根に、心底腹が立っていた。 彼女はスッと、刃に覆われた右手を掲げた。 「そんなに五月蝿いと……」 引き裂いてあげる、そう言おうとした瞬間だった。 「もう、絵梨朱ちゃんしかいないのっ!」 ピクリ、と彼女の耳が動いた。 「絵梨朱ちゃんにしか……頼めないの。」 彼女の鼓動が一拍、大きくなった。 「みんなはダメって言うけど……絵梨朱ちゃんは、来てくれるよね……?」
もともと彼女は、自己顕示欲の強いネオシスターであった。 頼ってくる者を無下に扱って評判を落すよりは、しっかりと面倒を見ることによって“自分”という存在を周囲に知らしめる方が、何かと得だと知っていた。 だから、このような少女の我儘に似た頼みごとでさえも…… 「……それほど言うのでありましたら、付き合って差し上げますわ。」 ……こうして、つい承諾してしまうのである。 「……え、ホント??」 「ただ、条件としてわたくしにも付き合ってもらいますけどね。それでも良ければ、この手を掴みなさい。ほら。」 彼女は引き裂く為に振り上げた右手を、掬うために少女に差し出した。 「……うんっっ!!」 少女はギュッと、右手を掴んだ。離さないように、強く。
こうして、狼と海蛇の冒険が始まった。 『……まぁ、このくらいでカテゴリーQの一人の協力が得られるのだとしたら、チョロいものですわ。冒険にはテキトーに付き合ってあげて、片っ端から他のネオシスター倒しに協力してもらって、後はポイですわ。この様子なら楽勝ですわ♪』 などと、裏で考えつつも。
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