「……何なのですか、これは。」 彼女は呆れていた。 「冒険だよっ、冒険〜っ♪」 逆に、少女は上機嫌だった。 「そんなことはわかっています。ですが……」 「ですが、なぁに?」 「何で……何でこんな山奥で何日も冒険しなければならないんですかーっっ!!!」
………
「あのお山の中に、オネガイをかなえてくれる泉があるんだって〜」 それが、そもそもの発端であった。 あの後、彼女が“これからどうするのですか?”と聞いた、その答えであった。 「……そんな眉唾モノの情報、何処で手に入れたのですか?」 「実はね、前のバトルファイトのときに、久遠ちゃんから聞いたの♪」 クオン……朱玉の幽玄王、マンティスクオン。 狼のエリスとは、同じ部族の王と騎士の関係。 彼女は情報が早く、更に其れは正確。しかも、カテゴリーK。その力で、何度もバトルファイトを制した妹。 「……本物の情報ですか、それは。」 蟷螂の情報は正確。故に、虚偽の情報を吹聴して、混乱を引き起こすことだって可能である。 此れが罠だとすれば、自らかかりに行くこととなる。 そんな不利な状態は避けたかった。 「それをたしかめるために、冒険に行くの!」 9割方、罠。 そう感付いたのはこの瞬間だった。これは少女の性格を突いた罠だと。 「けど、瑞葵ちゃん。冷静に考え直し……」 「そ・れ・に、みつかったらみずのオネガイも、絵梨朱ちゃんのオネガイもいっぱいかなえられるんだよ?」 が、この一言で落ちた。
………
……という流れで、彼女と少女は山中にて3日“冒険”を…… 「なんで、って……なかなか泉、みつからないんだもん……」 ……否、彷徨っていた。 「こうなったら、泉は諦めて山を下りた方がいいのではないでしょうか?」 正直、彼女はこの“冒険ごっこ”に飽き始めていた。 それに、3日経ってなお発見できないとなれば、それは嘘の情報だったのだろう。彼女はそう思っていた。 「やっぱり……そんなお話、なかったのかなぁ……」 「えぇ、そうですわ。大方、久遠ちゃんに嘘を吹き込まれたのですわ。」 早く、この“ごっこ”を終わらせたかった。 それ故に、口をついて出てきた言葉。 その瞬間、白銀の鎧はがしゃんと音を立てて崩れた。 「……瑞葵ちゃん? どうなさったのですか?」 次に見たのは、少女の泣き顔だった。 「ふぇ……ゴメンね、絵梨朱ちゃん……こんなことに、つきあわせちゃって……」 彼女は戸惑った。 少女の泣いた理由がわからなかった。 自分を巻き込んだことだったら、謝ればそれで終わりである。別に泣く必要などない。 では、他の理由? 自分が3日間やってきたことが無駄だったから? 少女にとっての一番の損が此れなのは確かだが、不死のネオシスターにとって、3日なんて塵にも等しい。 それでは、一体なんだと言うのだろう? 「……何故、泣いているのですか?」 「だって……みず、ウソを言われちゃったんでしょ……?」 ワケが判らなかった。 「だからって、何で泣く必要が?」 「……絵梨朱ちゃんにも、手伝ってもらって、さがしたのに……ウソだったなんて……」 彼女には理解できなかった。その感情のワケが。 「悔しいのですか? だったら、仕返しを……」 「そうじゃ、ないの……けどね、なんだか……かなしくて……」 少女はただ涙を流すだけだった。その表情に、他の感情はない。 ただただ、哀しむだけ。 そこには怒りも、憎悪も、卑屈も、怨念も、一切含まれてはいなかった。 「…………。」 彼女は、急に心が苦しくなるのを感じた。 『……この娘はどうしてそんな顔をするのでしょう……?』 その表情は、無言だというのに、まるで語りかけてくるようだった。 “二度とこうして泣かぬよう、護ってくれ”と。 『…………あぁ、もうっ!』 彼女は頭の中に喝を入れると、少女の顔をグッと引き上げた。 「ふあっ……」 「瑞葵ちゃん、何をしているのですか? 貴女にはそうやって愚図愚図と泣いている暇があるのですか?」 何時にも増して辛辣な語調で、彼女は少女の眼前で言い放った。 「そもそもは、他人の言うことを鵜呑みにして信用した貴女がいけないのですわ。そのようなこと、いい加減忘れて早く立ち上がりなさい。」 残酷に言うだけ言って、彼女は顔から手を離して立ち上がった。 生来、一匹狼を貫いてきていた彼女の言葉は尤もだった。 「……っく……絵梨朱ちゃん、ヒドイ……よぉ……」 「これが酷いですか? 今、わたくし達がやっているのはバトルファイトなのですわ。殺し合い、ですわ。それなのに、貴女は騙されたことぐらいで泣いて……それでは“殺して下さい”と言っている様なものですわ!」 激昂の気で髪を半ば逆立たせながら、最後に右足を強く踏みしめた。 「……でも……」 「でも、何なのですか?!」 怒り。甘えたような少女の気持ちに怒りを覚えていた。これがカテゴリーQ? そんな念も、彼女にはあった。 「……でも、絵梨朱ちゃんは……何でみずをコロさないの?」 「……えっ……?」 「そうだよね、今のみず、すっごくムボウビだよね。……だったら、何で絵梨朱ちゃんはみずをコロさないの?」 彼女は一瞬、畏怖の念を抱いた。
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