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聖夜というのは、家族みんなで祝うもの。
別に定められている訳ではないのですが、恋人と共に祝うことの多い日本とは違い、フィンランドではそれが一般的な見方でした。
もちろん、わたくしの家もそうです。
ですから、わたくしは冬季休業の間に、寮から外泊許可をもらって家に帰ります。
そして、日本に来た今でもそれは変わりません。
変わったことは……その場に、兄さまもいらっしゃること……。
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聖なる夜に聞こえるは
わたくしは玄関のホールに飾られたクリスマスツリーを眺めていましたの。
家に戻ってから3日経っていましたが……わたくしはその間ずっと、兄さまを避けていました。
兄さまがわたくしのいる場所に来られたらいつも、『用件を思い出しました』と言って、わたくしから兄さまを遠ざけていました。
そうしなければ、わたくしは……どんどん兄さまに惹かれていってしまうから……。
少し離れた場所から見ても、兄さまはみんなを優しく気遣っていて、とても紳士らしくみえます。
ですが、優しいだけではなくて、やるときはキチンとやる、しっかりしたお方です。
それ以外にも挙げればキリがないほど、短時間では表せない位に兄さまは素敵で素晴らしく思われます。
そんなに愛しい兄さま……なのに、わたくしは兄さまに恋してはいけないのです……わたくしと兄さまは兄妹だから……。
ですから、わたくしがこれ以上兄さまに恋してしまわないように……兄さまを遠ざけているのです。
そして迎えたイヴの夜……家族や執事、メイド達で大広間に集まって、ささやかながらもパーティーを行う時間がきました。
この場ばかりは、用件があるなんて言って抜け出すことは出来ません。
一体どうやってパーティーを過ごしましょう……?
兄さまをずっと見ないようにしていましょうか……けど、兄さまも不審がってしまうでしょうし、わたくしも兄さまが気になって、
食が進まないかもしれませんし……。
「おーい、絵梨朱??」
!!? ……いきなり呼び掛けてきたのは、兄さまでした。
「パーティー前なのに、ツリーの下でぼんやりして、何かあったの?」
と言って、気さくに話し掛ける兄さま……。
「……い、いいえ、ボーッとなんてしておりませんわ!少しだけ、考え事をしていただけですわっ」
けど、わたくしはそうして天邪鬼な答えしか出来ないのです。
兄さまがこれ以上、わたくしに近づかないように。
けど、兄さまは……それなら早く一緒に行こう、パーティーの時間が無くなっちゃうよ、と言いました。
「いいですわ、後から一人で行きますから、兄さまは先に行っててくださいませ」
なるべく兄さまの目を見ないように、冷たくそう言って、出来るだけいっしょにいないようにしようとしました。
のに、それでも兄さまは一歩も引かずに、一緒に行こうと言うのです。
わたくしに手を差し出しながら。
手は握れない。ですが、断る理由もなくて……わたくしがまごついていたら、兄さまは……
「絵梨朱が何を考えてるかはわからないけど……このパーティーは、一回しかないんだ。
来年、再来年、また次の年にまたあっても、それは同じパーティーじゃないんだ。
だからさ、一回一回のパーティーを、記憶に残るように楽しもうよ」
と、いいました……。
……そう、ですわね。
このパーティーは一回だけですわ。
今までに同じパーティーはなくて、またこれからもない。たった一回の、ささやかでも大切なパーティー。
「せっかくだから楽しくやろう? ほら」
兄さまは……なんて優しいお方でしょう。
わたくしは3日もずっと避けていても、冷たくあしらっても、そんな優しい言葉をかけてくださるなんて……。
「……兄さま、早く行きましょう? 楽しい時間は長いほうがよろしいですわはぁと」
わたくしは、兄さまの手をしっかりと握っていました。
パーティーが始まり、賑やかに笑う声が、大広間に響き始めました。
もちろん、その中にはわたくしと兄さまの声もあります。
聖なる夜に聞こえるは、愉しむ声と笑顔の唄。
Merry,Christmas!!
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