「……あ、兄さま……来て下さったのですね。」 放課後の公園で、わたくしと兄さまは落ち合いました。……兄さまにあるものを渡すために。 今日は……あの日だから……。 |
今日は二月十四日。女の子が意中の男の子に想いを込めてチョコを渡す日……そう、聖バレンタインデーです。 多くの女の子たちは、今日が来るのを楽しみにしていたのでしょうが……正直な所、わたくしの心はもやもやしていて……今日一日、憂鬱でした。 どうして、って……それは……。 「ねぇ、絵梨朱ちゃんは、誰かにチョコをあげるの?」 十日ほど前、寮のルームメイトである桃花さんが、わたくしにいきなりこう聞いたことが始まりです。 わたくしが急いで、「誰にもあげませんわ」と答えると、なんだかこう……ほくそ笑むような表情をなさるので、「何か変でしたか?」と聞きましたら……、 「いや、絵梨朱ちゃんの兄様にはあげないのかなぁ、って思ってね。」 ……実は、桃花さんにはわたくしが兄さまを好いていることを……紆余曲折あって、打ち明けていますの……。 そして、このときは……兄さまにチョコをあげる気はなかったのです。 だって、わたくしは妹ですから……兄さまに恋に落ちてはいけませんから……。 そのことを桃花さんにお話しすると、 「好きな人にはちゃんとあげなきゃダメだよ! 折角のチャンスなんだから、逃すなんて損だよ!」 と、見事に叱られてしまいました……。 ですが、どういった名目でお渡しすればいいのか、と漏らしたら…… 「スキだから、って言うのがダメなら、日ごろの感謝、ってことでいいでしょ?」 と、返されてしまいまして……とどのつまり、そのまま桃花さんのペースに飲まれて、今日を迎えてしまったのです……。 そして、今目の前に兄さまがいらっしゃる状況になってしまったのです。 兄さまは、今日が何の日か知らないかのように、どうしたの、とわたくしに聞かれました……。 「あの、えーと……今日は二月十四日ですよね? ですから、その……」 チョコを兄さまに用意してきた。そういうだけなのに……何だかわたくし、緊張してしまって……、 「わたくしも兄さまに……ちょ、チョコを……用意してきたんです。」 思わず、声がうらがえってしまいました……か、格好悪いですわっ!! ですが、兄さまはわたくしの緊張も知らずに、「本当? 嬉しいな」と、にこやかに答えて、チョコを受け取ってくださいました。 とても、眩しい笑顔で……たった一言だけだというのに、心が満たされていくようでした。 何気ない一言でも、それまでもが愛おしくて……。 「た、ただ、日ごろお世話になっているからでして……好きだとか、そういう訳では決して……」 ……でも、わたくしはそう言わなければならないのです。 どんなに好いたって、兄妹の関係は崩すことができないから……。 「いえ、でも、キライではないのですわっ! 寧ろ、わたくしは……」 その台詞を、その後の言葉を言えたら、どんなに良いでしょうか……。 わたくしは、少々俯いて……落ち込んでしまいました。 きっと、兄さまも落ち込んでいるはず……と、思いました。 「絵梨朱、ちょっと顔を上げてご覧?」 すると、突然兄さまがそうおっしゃられました。 言われるがままに顔を上げてみると…… 「!??」 兄さまはいきなりわたくしの口に何かをお入れになりましたの。 「噛み砕いてみて?」 言われるがままに噛んでみると、それはわたくしの渡したチョコでした。 「僕はね、このチョコ……とても美味しいって思ったよ。絵梨朱の気持ちがこもってて。」 兄さまは、私に視線を合わせておっしゃりました。 「けど、絵梨朱が笑顔だったら、もっと美味しかったかな?」 ……わたくしには、よく意味がわかりませんでした。 わからなくてキョトンとしていると、兄さまはもう一言付け加えてくださいました。 「義理チョコでも、大好きな家族から貰えれば、僕は嬉しいよ。どうして落ち込んでるかはよくわからないけど、気に病むことはないよ。」 大好きな……家族……。 その言葉を聞いて、わたくしは何故か……スッと力が抜けました。 「それじゃあね、来月を期待しててね。」 兄さまはそう言い残して、手を振っていきました。 兄さまは……わたくしが落ち込んでるのを察して、そう言ってくださったのですね……。 本当に、兄さまは紳士的で……申し訳ありませんでしたわ。 ですから……代わりに、わたくしは今できる最大限の笑顔で、兄さまに手を振りました。 来月……期待しても、よろしいのですね……? |
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