「矢張り……貴女には、無理だったのですわ」 そのまま倒れ伏した白銀に、狼は一人ごちた。 「 そう、不可能だ。 “冒険”を好み、誰かと旅することを好み、闘い 実際切り札も、既に動きの無い海蛇を見て勝利を確信……否、手中にしたと、クスクス気味悪く笑っていた。 「貴女に……勝てる、筈が………」 勿論黒き少女とて、この台詞の後には“ありませんわ”と続けるつもりだった。 けれども、続けることは出来なかった。 決して、狼が此処で力尽きたからではない。 頭の中で台詞が霧中に隠れたわけでもない。 狼は、声を失ったのだ。 何故なら。 「……赦してなんか、あげない……っ!」 ……何故なら、海蛇が其処に立っていたからだ。 「絶対に、あんたに、負けて、たまるもんか……っ!!」 あの切り札の一発は、間違いなく痛恨の一撃だった筈だ。 それでも、海蛇は立ち上がった。唸りながら、髪を逆立てながら、怒気を撒き散らしながら。 「フフ……そうかい……」 それでも、ジョーカーは含み笑いを止めなかった。寧ろ大きくなった心地があった。 「そのくらいでなくては、つまらないよ……もっと、愉しませてほしい……ねっ!!」 最後の音を発音した瞬間、切り札の姿が消えた。 しかし、慌てる様子は白銀には無かった。微動だにせず、待っていた。 ただ一つ、白き鎌だけが前方で待ち侘びるように揺れていた。 葉がひとひら、狼の目前の空を舞った。 寄り掛かっていた木からのものだろうか。 しかし、冬という時節、もう既に全て散ったものと思っていたし、葉のついた木はなかった筈だ。 そんな疑問など露知らず、ひらり、ひらり、地へと向かって独特の舞踊で下りていった。 そして、目的の場に辿りついた瞬間。 「うえええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇいっっ!!!!!」 海蛇の絶叫が木霊すると共に、矢張り左から殺戮者は姿を見せた。 「……君には、学習能力が無いのかい?」 そう言い放つと、先刻と同じ様に左の頬骨を捕えられ、砕かれた。 リプレイマシンでまた見せられたようだった。それほどまでに、先刻と同じ様だった。 だが、一箇所だけ異質な点があった。 海蛇が、微笑を浮かべていたのだ。 それに気がついた時、切り札は既に地から伸びた白銀の檻に囲われていた。 「あんたなんかっ、消えちゃえェェェェェェェェェッッッ!!」 その叫びと同時に、海蛇の口腔に空気の歪みが見えた。 そして、瞬時に放たれる其れは…… 「 余りの勢いに瞬いたとき、もう既に切り札は檻の中で 「うああああああああああああ亜娃阿唖呀堊婀猗亞襾椏鐚鴉痾窪蛙閼ッッッッッッッ!!!!!」 木に、泉に、落葉に、明けた空に、狼に、少女の勝利の雄叫びが響いた。 其れは歓喜でも、希望でも、悲哀でも、何でもない。 ただ、勝利を報しめる為だけの、 そして、彼女は知った。嗚呼、この鬼神の様な姿こそが、海蛇が 「……ふふっ、何だ……貴女だって………やれば、出来るでは……ないですか……」 黒の少女はそれを見終えると、静かに瞼を閉じた。何れ来るだろう 次に その彼に想いを馳せ、永き眠りについた。 「絵梨朱ちゃんっ!」 少女が狼へ振り返ったのは、そのほんの一秒あるかないか後だった。 しかし、それでも彼女は答えることはなかった。ただ、気の迷いと片付けられるくらいの微笑を遺すだけで。 「いや……いやぁ……目を覚ましてよ、絵梨朱ちゃん……」 『無駄だよ、瑞葵』 背後から聞こえた声にハッと振り返ると、そこには……… 「如何して?! ねぇ、おにいたんっ、絵梨朱ちゃんを助けてよぉ!」 『無理だよ……絵梨朱は それと同時に、ヒュ、と音が鳴り、狼は 「……いやっ、イヤ、嫌、厭、否……いやぁっ!!! 絵梨朱ちゃ、やぁぁぁぁっっっ!!!」 『………そこまで、厭かい?』 石版の問いに応える余裕もなく、海蛇はただ悲哀を叫んでいた。 『絵梨朱が消えるのが、厭なのかい?』 そう聞かれても、ただ震えるだけ。ただ、哀しむだけ。 『絵梨朱を倒した相手が、憎いかい?』 だが、その問いに対してだけは、 「……当然、なの……あいつ、なんか……」 石版が、クス、と笑う。しかし、その様は海蛇の眼には映らない。 「あいつを、殺す……何万年、何億年掛けたって……何度だって…… 海蛇の眼にはもう、涙は無い。代わりに、冥界の果ての様に 「 因みにこの ジョーカーを倒したからと言って、そのままの勢いで他のネオシスターを倒せるわけはないのだが、その時の彼女は それ以来、狼の少女は、彼女と一度も会うことはなかった。 いや、一回だけ……そう、カテゴリーKを弱体化するために集ったとき、彼女の顔を見たのだ。 だが、彼女の方は全くもって此方を見ることはなかった。 けれども、狼は忘れることなんて、出来やしなかった。 あの少女を、闘いになる度に思い返しては、捜そうとするのだ。 “蛇眼の旅妃”を捜し当てるのが途方もなく難しいのは知っていた。 けれども、彼女はどうしても、それを続けてしまうのである。 故に、この物語も、まだ続いている。 |
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