何時間走り続けたのだろう。 …日がまた昇る少し前まで。 何処を走り続けたのだろう。 …同じ山、同じ野をずっと。 何の為走り続けたのだろう。 …わからない。 けど、それに意味がないなんてことは、ちゃんと知っていた。 ……知ってはいたのだけど。 「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」 夜明け前の暗澹に包まれ、人形は大樹に背を預けながら、白い息を吐いていた。 彼女はあれから、冷たい雨が降り続ける山の中をただひたすらに駆け続けていたのだ。 時間はざっと半日。その間ずっと休むことなく走り続けたのだ。 何の為でもなく、ただ走っていただけだったのだ。 「……みず……水が、欲しいですわ……」 急に渇きを感じながら言って、彼女はふとあることを思い出した。 「そう言えば、あの娘……自分のことを“みず”と、呼んでましたわね……」 懐かしがるように、彼女はその響きを思い返していた。 『……本当にこちらで合っているのですか?』 『うんっ、みずの“のせーのカン”がそう言ってるの!』 『それを言うなら“野性の勘”ではないのですか?』 『……てへへ、みずマチガえちゃった♪』 『もう……これでは“冒険”の先が思いやられますわ……』 『えぇっ! みず、そんなにたよりないっ?!』 『えぇ、頼りなさすぎますわ』 『がーんっ!! そんなぁ……』 『……でも、だからこそわたくしがいるのでしょう?』 『……へ?』 『……ですから、わたくしが補助してさしあげるのですわっ!』 『……うんっ! アリガトっ、絵梨朱ちゃん♪』 ハッと目を覚まし、彼女は現実へと戻った。 どうやら、少しだけ寝ぼけていたらしい。 目を擦り、顔を左右に振り、ふらりと立ち上がって、前方へ歩み始めた。 頼りは月光だけ。覚束ない足取りで一歩一歩、前へと進んだ。 此処が山のどの辺りか、彼女はよく知らなかった。 それでも、暗く湿った森の中を、潤いを求め歩いていた。 別に、水を得なくとも死ぬ訳ではない。彼女はアンデッドなのだから。それにいつもは水を欲することもほぼなかった。 でも、今に限って、何故か水が欲しかった。 どうしても、欲しかった。 水が……いや、泉の救いが。 ふと天を仰ぐと、空を覆っていた木々の枝葉は途切れ、鈍色の雲とその隙間から見える星に変わっていた。冷たく刺さるようだった雨はとうに止んでいた。 「………?」 山の中にも拘らず、森が終わったことを疑問に思いながら、彼女は前方を改めて見た。 そこには、 「……ぁ……あ……っ!」 彼女の目の前には半径15m程の……泉があった。 「……本当に……本当に、あったの……ですね……」 彼女は泉の前に 冷たい。冬の水だから当然だが、先刻まで浴びていた雨水よりもずっと冷えていた気がした。 「……本当だとしたら……叶えて、くれませんか……?」 彼女は改めて、泉に真剣な眼差しを向けて言った。 「どうか、また……瑞葵ちゃんと冒険が……できますように……」 静寂が周囲を包んでいた。 沈黙が長く、長く続いていた。 彼女も暫く動かなかった。 つまりは、何も起こらなかった。 「…………ふふっ……うふふふっ……あははははははは……」 人形は力無く笑って、天を仰いだ。 「叶うわけ……ありませんよねぇ……こんな願い…………誰も救いなんてしませんわ……兄さまであったって……」 言い終えて俯くと、泉の水面に輪が広がった。 と同時に、左後方から何か音がした。 彼女は焦るようにその方を向いた。 「……君も来ると思ってたよ、 月光も雲に隠れて光が無い為か、姿はよく見えなかった。しかし、その凍えるような声には聞き覚えがあった。 何れの生物の祖でないネオシスター。 千の影を持つ漆黒の切り札。 「……ジョーカー……っ!」 暗い中で、 |
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