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突発不定期連載SS:自信家な狼と気ままな海蛇。 Phase.8-罪背負いし天使の十字架-






ガキンッ、ガンッ、ガガンッ
「はぁっ、やっ、っ……たぁっ!」
「……っ、ふっ……はっ!」
真夜中の暗澹に包まれた泉に、硬い金属音と二人の少女の闘いの声が木霊した。人形はその身を“罪背負いし天使の十字架クロスオブウィングス・舞闘様式”――つまりは全身刃物――で覆い、切り札に応戦していた。


「……何故、わたくしが此処に来ると解りましたか?」
この闘いの前、彼女は千の影に向かって問い掛けた。
「そんなこと、君のその自慢の頭脳なら直ぐに解るだろう?」
厭味を含みながらそう言い、殺戮者はせせら笑いを浮かべた。
「……言ってくれるではないですか。でも、残念ですが今回は期待に添えそうな答えものは持っておりませんの」
出来るだけ余裕のありそうな笑顔を繕いながら、出来るだけいつも通りの口調で、答えを述べた。
「……まぁ、いいさ。全く、ウルフも鈍くなったものだね……」
「……それでわたくしを挑発しているつもりですか? わたくしも安く見られたものですわね」
彼女は眉をひそめた。
「実際……君はこの百万年間、一度も勝利してはいないだろう?」
「それは貴女とてそうでしょう? まぁ、勝っていたらわたくしたちは此処にいないのですけどね」
「何れ、時期が来れば……滅してあげるよ……跡形もなくね……」
「……やはり、貴女は……本当に最悪の殺戮者“ジョーカー”ですわ……」
「フッ……何とでも言えば良いさ」
切り札は、相手にしきれないと言わんばかりに溜め息をついた。
「……わたくしが、貴女を止めてみせますわ……っ!」


その言葉を放ってから、相当の時間が経っていた。
気付けば少しずつ、東の空色は明るみを帯び始めてきていた。
狼の、まともに喰らえば相当のダメージを与えるであろう拳を、殺戮者は至極簡単に受け流す。そんな一方的死合しあい継続つづけていた。
「……いい加減、止めたらどうだい?」
子供が遊ぶのを飽きてしまったような声で、ジョーカーは尋ねた。
「くっ……まだまだぁっ!」
彼女の十八番であるはずの挑発。それに踊らされてしまっているこの状態。そんなことは百も承知だった。
どちらが優位か、なんてこともとうに知れていた。勝負はもう既についていたのかもしれない。
それでもなお彼女は拳を握り、舞い続けた。まるで、電源を切るスイッチを無くした自動人形オートマタのように。
ただひたすらに。
ただひたすらに。
目に涙さえ浮かべながら、ただひたすらに唯一の武器を振るい続けた。

「……君の相手は……本当に、退屈だね…………もう、終わらせようか……」
ジョーカーがそう告げた刹那、切り札は彼女の真後ろに移っていた。その一瞬、殺戮者は右足を振り上げていた。
そう狼が気付いたとき、彼女は腰の激痛と共に宙を舞っていた。そして、10m前方の大樹に衝突し墜落した。
「………ゲホッ! ゴホッ、ゴホッ……ガハッ!」
寸前で体勢を捻り変え、樹を爪で掻いて緩衝材と変えたものの、腰椎の可也かなりの傷みにせこみながらも目を開くと、その目前には切り札の刃があった。
「さぁ……封印んでもらおうか……」
闇の向こうに見える彼女の目は、明らかに獲物を狩る獣の目だった。
「……わたくしの負け、ですわ…………どうぞ、封印ころしてしまってください。」
そうして、封印を宣告された黒の少女は……またゆっくりと目を閉じた。



閉じきったとき、彼女は封印ぬはずだった。なのに。



「……絵梨朱ちゃんっ!!」



遠くで、呼ぶがする。

『あー、やっぱりそうだった〜♪ 遠吠えが聞こえたから、ちかいのかなぁ〜って思ったの〜』

それは、語りかけてくる。まるで、夢のように。
そういえば、こんな様にひどく幼い語り口だった。

『……てへへ、みずマチガえちゃった♪』

幼くて、無鉄砲で、思わぬ失敗も幾度となくした。そうしたら少し、説教を垂れてやるのだ。

『そんなコワイお顔しないでよぉ……ただ、みずは絵梨朱ちゃんと冒険してみたいだけなの……。』

ただ、少し言っただけで容易くしょげてしまい、こちらを直ぐに動揺させてしまう。

『……だって、ほかのみんな……みずと冒険、してくれないんだもん……』

だから、早く機嫌を良くしてあげなければいけない。そうすれば。

『……うんっ! アリガトっ、絵梨朱ちゃん♪』

そう、すぐに笑顔を取り戻すのだ。此方のかおをも綻ばせる、あの笑顔を。


けど、それはもう幻。幻でしかない。


『……絵梨朱ちゃん……みず、みずはっ!』

突き放した。それを、二度と手の届かない遠くへ押し遣ってしまったから。

『……絵梨朱ちゃんっ! 絵梨朱ちゃんっ! …梨朱ちゃ………ちゃ…………ぁ……』

その声はもう、届く筈がないのに。



「絵梨朱ちゃんっっ!!!」



なのに。

それなのに。


彼女は聞いてしまった。あの少女・・・・の声を。
覚悟を決めた眼を押し開けると、切り札が刃を向けた儘で東を見詰めていた。
緩やかに首を左へ向けると、そこには昇り始めた黄金色の朝陽。
そこにくっきりとした、切り取ったように異なる色。
「……幻影が……まぼろしが、見えているだけですわ……。きっと、そう……」
その朝陽と共に輝く、赤橙の光を受けた、鋼の白銀。
「ううん、本物だよ。みず、ずっと絵梨朱ちゃんを捜してたの」

本物だった。
本物の、愚かしいほどに素直な……海蛇だった。

狼は気が付くと立ち上がっていた。あともう少しで・・・・・・・駆け出すところだった。


けれども、それは暫くの間阻まれることとなる。


「今は再会を喜んでいるようなひまはないだろう、ウルフ?」
その言葉が耳に入った刹那、急に彼女の胸は熱く疼きだした。
そして、温かな液体が重力にしたがって、腹を、脚を伝って流れる感触が、脳へと届いた。






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あとがき








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