あの日から一年が経った。そんな或る日のことだった。 急に宅配便がきて、一つの封筒を寄越した。 中身は一枚のDVD。そして、消印はフランス………フランスにいる知り合いなんて、一人しかいない。 カシャ…… ウィ……、ウィ…………ン DVDを取り込んだレコーダーからの、無機質な音。 深き夜の静寂に鳴り響く、周囲の機械の微かな唸り。 テレビから放たれる、何も表示していない画面。黒い光。 電気が其処に供給されている筈なのに、如何してか暗い。 同時に、闇の筈なのに、如何してか光を感じる。何処か不思議な空間。不思議な、感覚。 ウィ……ィ……ィィン…… レコーダーの唸りが更に存在感を増し、其の感覚はプツリと途絶えた。 少し待つと、其れは情報を読み取り終わったのか、今度は暗い藍の光を画面に送った。 少なからず |
最初に脳に届いた信号は、深紅の光だった。それに続いて一瞬だけ肌色が入ったが、直ぐに元の光に戻る。 ……否、其れは濃い紅紫の…… 其れが遥か西方に居るであろう、彼女のものであると理解するには、 この一年間、一度もその姿を見ることは叶わなかったが、其れを忘れることは決して無かった。 「少々お下がりにならないと、身体まで 耳に届いたのは、微笑を少し含んだ颯々とした声。 其れはこの映像を録っただろう、彼女の世話役“じいや”さんの。 「あっ……ふふ、わかったなの……♪」 次いで届いたのは、少し照れた様な安穏とした声。いや、ただただゆっくりとしているだけじゃない。僕の知らない一年間分、何かが違っていた。 其の声の主は緩やかに五・六歩後ろに下がると、暖色系の背景の部屋の中央――としては少し右寄りかも――に其の全てを見せた。 つややかで滑らかな白磁の肌。其処に鮮明な朱を落とし、潤った唇。長く、可憐な青銀の髪。その髪と同系統の、レースをつけた爽やかな蒼の洋服。それらは全て懐かしかった。 「えっと……ぼんじゅーるなの、兄や……お元気ですか?」 「………元気だよ、亞里亞」 僕は思わず、ブラウン管越しの妹……亞里亞に返事をした。 亞里亞からのメッセージは其の後、一年間の間に起きた出来事やフランスでの生活を十数分、彼女の持つ独特のリズムで話した。 思っていたよりずっと明るく振舞っている彼女の様子を見ると、亞里亞はこの一年の間楽しんで生活できていたのが垣間見えた。 フランスでも親しい友人が出来たらしく、其の子達とも仲良くやっているようだ。また、ステキなレディになるためのレッスンは中々大変であったが、最近はなんとかついていけるレベ ルになったようだ。 それにしても。少し引っ掛かりを覚えたのは、亞里亞は其の時の天候を覚えていて、出来事に絡めて逐一伝えていたこと。それに、やたらと眼を閉じて話していたことだ。 そんな事をふと思った頃、亞里亞からのメッセージは一年間の報告を終えて、ある異変が起きていた。 「……あ、その……じいや、これから先は……少し、お外に居てほしいの……」 亞里亞が頬を紅に染めながら告げると、じいやさんは、終わったらお知らせ下さい、と其れに軽く応じ、カメラを三脚に置いて出たのだ。 少々意外な展開に惹き付けられながら画面を注視した。 「……兄や、亞里亞はね、一年間ずーっと……兄やが居なくてサビシかったの……」 それはじいやさんがドアを閉じて数秒。明るい華は突然に色を失った。 「亞里亞、本当にクルシかったの……何度も、兄やがどこかに行っちゃう夢を見て……本当に兄やに会えなくなっちゃう、って……」 くすんくすんと泣く彼女に、一年前の 「フランスに来てすぐのとき……亞里亞、おともだちもおべんきょうも……何にもできなくって……早く兄やのところに帰りたい、って思ってたの……」 くすんくすん。言葉の間に嗚咽を混ぜて、彼女は先刻と真逆な言葉達を漏らした。 ずっとずっと弱い、彼女の心。 それを隠して今まで振舞っていたのだろうか。 そう思うと急に心が……掴まれた様に痛んだ。僕に悲しみの想いを送る様に。 「けどね、亞里亞……ちゃんと覚えてたの。」 だけど、其の言葉を聞いた途端、一つ解ったことがあった。 「……どんなに離れてたって、亞里亞と兄やの見てるお空と空気はいっしょなの、って……兄やが言ってくれたこと……♥」 そうだ。 亞里亞は……ずっとそれで支えていたんだ。 「それに……眼を閉じれば、兄やが其処に居てくれる……」 嗚呼、そうだ。 その日の天候の事も、幾度も長く眼を閉じるのも、全て………。 「だから亞里亞、今までがんばってこれたの……それに、これからもがんばっていけるの…………日本で、兄やが“ガンバレ”って言ってくれるから……♥」 全ては、一年前のあの日が、支えてくれていたのだ。 それから、画面越しの彼女はスッと眼を閉じた。そして、その 「兄や、亞里亞は……早くステキな……ずっと立派でステキなレディになって、兄やのところに帰ってきます……! だから、あともうちょっと、俟っていてください♥」 僕から見れば、ブラウン管の向こうの彼女は、一年前よりずっと強くて、可愛らしくて、ステキなレディになったように思えていた。 画面は其処で終わりを告げ、冒頭と同じ無機質な蒼い画面へと戻った。 そして、DVDを抜き取って、手元に在った鞄に其れを丁寧に入れた。 ちょっと立ち上がって付近の機材を探すと、丁度よくデジカメと三脚のセットを見つけた。 明日は山へ行こう。 彼女と同じ星空の下で、一年間の出来事を、想いを語る為に、 憶えている限りの空模様を絡めながら。 目蓋の裏の彼女に届ける為に。 side.B end
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