気付けば、4年が経っていた。 NBAの舞台に立って活躍する夢を追うと決めて……花穂と離れて……アメリカに渡った。 あの日の花穂とのやり取りが、まるで昨日のように思い出せるのに。 |
それこそ、最初の一年は辛いものだった。 さしてバスケの強くない日本の、しかもその代表にすらなっていない小僧が入れてもらえるチームなんてどこにも無かった。 「なんとしてもNBAに入りたい」という執念と意地で入ったチームは、この年に新規加入した新米チーム。 しかも出場機会にも恵まれず、飼い殺し状態だった。 やっとのことで掴んだ出場機会では思い通りに動けず、結果を残すことも出来なかった。 一時は日本に帰ろうとも思った。 けれども、ここまで来て辞められなかった。 ここで辞めたら、応援してくれる花穂にもみんなにも顔向け出来ないから。 もう、そこにしがみつくしかなかった。 藁だろうが何だろうが、目の前のチャンスの全てに。 すると、気がつけば出番が増えていた。 いつの間にか下部チームのスタメンとなり、トップチームの一人となり、さらにそのスタメンとなっていた。 いつしか、NBA全体の期待のルーキーとなっていた。 そう、NBAに認められたのだ。 新人王こそ逃したが、次の年には“日本から来た小さなサムライ”というあだ名がつく程までに成長していた。 そして、NBAの若手ホープとして名を馳せ、日本でも連日報道される程に有名になっていた。 一躍、日本のバスケ界を担う けど、それはこないだまでの話。 あの日、僕がバイクに乗っていたときに起きた 脊髄損傷による下半身不随。それは、僕を二度とバスケの出来ない体とした。 足は全く言うことを聞かず、動くことも出来なかった。 当然、チームからは戦力外通告を出され、日本に戻ることを余儀なくされた。 そして僕は今、夜の闇と冷たく白い雪につつまれた蒲公英丘にいた。 この丘は街が一望できるほどの高さがあり、幼少時から何かあるとここに来ていた。 そういえば、NBAへの夢の決意をしたのもここだったっけ。 昇り来る朝日を指差しながら、絶対にNBAに行く、と叫んだのだ。 そう思うと、懐かしさがこみ上げてくるものだ。 その、春になれば一面が鮮やかな金色になるだろう希望の丘に、僕は絶望と共に立ち……いや、車椅子に座りつくしていた。 この丘には蒲公英たちを見守るように、欅の木が一本だけある。 春が来ると大体、花穂を連れてこの木の下に来て、ピクニック気分を味わっていた。 ……暗くて影しか見えないが、4年前と大して変わっていないように思われた。 欅の下に寄ると、一本のロープが一番低い枝にぶら下がっていた。長さはちょうど、僕の膝くらいまである。きっと、近所の子供が木登りなんかに利用しているのだろう。 そう考えれば他愛の無いものだ。けど、夢が潰えた僕にとっては、そのロープには他の意味があるように見えてしまう。 バスケを失くした僕に、一体何が残るのだろう? ……そう、何も残らない。 もう、何を為すことも出来ないのだ。 僕はいつの間にか、ロープに輪を作っていた。 その時だった。左側に影が目に入ったのは。 コートを羽織った姿で、立ちすくむ少女の姿……。 ――花穂だ。 「お兄ちゃま……何してるの……?」 「……いや、冗談だよ。冗談。」 一体、自分でも何を言ってるのか、という感じだった。 何が冗談なのだろうか? 半分くらいは、冗談じゃなかったろうに。 大分、沈黙の時間が続いた。 「……ねぇ、お兄ちゃま?」 それを打ち破ったのは、花穂だった。 「花穂ね、中学校に入っても……まだ、チア続けてるんだぁ。」 その言葉を聞いて、少し胸がギュッとした、 あの日の……あの約束だ……。 「ねぇ……花穂の応援、アメリカにいたときのお兄ちゃまにも、伝わってた?」 花穂の顔は暗くて見えなかったが、声が震えているのを感じた。 やはり、4年経っても、花穂は…… 「……あぁ、届いてたよ……」 これは、本当だった。本当の、気持ちだった。 だから、これ以上花穂を…… 「それじゃあ……んで……なんで、今の応援は、届いてないの……?」 ココロが、動いた。 「お兄ちゃまっ、花穂を……置いてかないでっ!!」 急に、光が射した。 地平線では雲に隠されていた太陽が、影から姿を出したのだ。 ……そう、僕は確かにバスケを失った。 それでも、僕には“花穂の兄”としての僕が残っていたんだ……。 日の光の射した花穂の顔は、4年経ったのに、あの日と変わらぬ泣き顔だった。 「……今度は、置いて行ったりしないから……」 朝日が、僕らをつつんだ。 いつかまた、この丘に来よう。 春に来るのがいいな、春。 積もった雪の下で頑張ってた、蒲公英の種たちが芽吹く春に……。 |
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