……あれから、もう何日経っただろう? 何人ものニンゲンが、俺の前を、まるで俺が此処に存在してないかのように、通り過ぎていった。 冬の空の下は寒い。ビル風も強くて、尚更だ。 それは、ここ数日間食事を摂っていない身体にはとてもじゃないが厳しいものだった。 さらに、そこに雨が降る。いずれ、雪に変わるかもしれない。 傘があれば少しは耐えられるだろうが、あいにく俺は持ってない。 かといって、屋根のある場所を探す体力も残っちゃいない。 仕方なく俺は、入っている箱の片隅に身をちぢこめた。 足先に雨粒が当たって、少し震えた。 ……こういう日は、もう寝てしまおう。夢でも見よう。 そうすれば体力も温存できるし、ぞのうち雨もやむだろう。 寝て……しまおう……。 |
「猫さん、ですの?」 その声と同時に、雨粒が当たる感覚が消えた。 ……なんだ? 何が起きたんだ? 目を開いたその目の前には、大きなリボンを頭につけたニンゲンがいた。 「こんなにボロボロになっちゃって……捨てられちゃったんですの……?」 すると、いきなりそのニンゲンは手を伸ばしてきた。 ――触れるなっ!! 俺は反射的に、大きく身震いして毛を逆立たせた。 どんなに俺がボロボロに見えて同情や憐れみの的にされようが、俺がこうして威嚇すれば大抵の奴らは怖いだのなんだのと言って、すぐに手を引いた。 このニンゲンも、怖気づいたような顔をして手を引いた。 やっぱ、そんなもんだ。 けど。 「……ひっ、姫はコワクないですのよ……。」 ニンゲンはまた手を伸ばして、俺の目の前で止めた。 「ほら、ずっとそこにいたら、冷たくなっちゃうですの。」 それどころか、俺に言葉を投げかけて、待っていた。俺から触れるのを。 目をそのニンゲンの顔に向けると、ニンゲンは片手にビニール袋をもって、ニッコリと微笑んでこっちを見ていた。 ――来るな!! 堪らなくなって、俺は残りの体力を使ってその箱から逃げ出した。 気付けば、少し町から外れたちょっとした林のところまで来ていた。 体よく逃げ出したはいいが、今の俺には依るところがない。 そうだ、捨てられた俺には帰る場所はない。 そうやって生きていく、と決めたのだ。 雪が、身体に触れた。 今更あの場所まで帰ることもない。とりあえずはこの林の辺りを…… ガサッ。 ……誰か、いるのか? いるのだとしたら、今はマズイ。体力も殆ど残ってない。 俺は周りをグルッと見回した。 ――オレの縄張りで何してやがる、下衆野郎。 右斜め後ろ数十メートルの距離に、そいつはいた。後方に何匹か連れてることから、多分この辺のトップだろう。 ヤバイ。 立っているのがやっとの状態だって言うのに、この状況はマズかった。 ――運が悪かったな。オレは今、虫の居所がワリィんだ。 向こうは勝手にやる気満々。こっちだって好きで入ったんじゃねぇ、っての。 けど、此処でむざむざとやられる訳にもいかなかった。プライドが許さない。 ――上等だ。来るなら来いよ、サル山の大将さんよぉ? 言ってみたはいいが、勝算は全くなかった。所謂、反射ってヤツだ。 なんといっても俺の今の状態じゃあ、全くもって分が悪い。けど、此処で華々しく命を終わらせるのも、ある意味で良いかもと思った。 ――ナメた口利いたこと……後悔させてやるぜぇっ!! ここで、終わりか。 そんなことを思った。今更、感慨も何もない。 これで、おさらばか……。 「えいっ、ですのっ!!」 オレンジ色の楕円体が目の前を掠めたのは、覚悟を決めて目を閉じようとした瞬間だった。 べちゃっ。 それはヤツの顔面に直撃して…… ――ぐあっ、汁が目にっ! 「もう一発、ですのっ!」 その楕円体を良く見ると、蜜柑だった。 ――チッ! これ以上はカンベンしてやるッ! そう言うと、ヤツはあっさりと奥のほうへ消えていってしまった。相当、蜜柑の汁が痛かったらしい。 「よ、よかったですの……。」 一方のあのニンゲンは、退散したのを確認するとすぐに膝をついた。 俺も気が抜けたのか、ペタッと腰を落とした。 そしたら、人間が立ち上がって、俺に近づいてきて…… 「猫さんを助けられて、よかったですの♪」 と言って、また改めて右手を差し出した。 全く、俺に恩でも売ったつもりだろうか? そんな手に乗るわけが……と思いながら、またニンゲンの顔を見やった。 やっぱり、笑顔だった。 仕方ない。騙されたつもりで、乗ってやることにするか……。 ……… それから数日後の朝。 俺はシラユキの作った餌を食べていた。 毎日毎日「たーんとお食べ、ですの」とか言って沢山出すのだ。 以前のことを考えると相当贅沢だが、正直苦しい。まぁ、これはこれで幸せなのだけど。 とか思ってたら、シラユキがやってきた。 「今日はにいさまのおうちへ行くんですのっ♪」 ――マジか。 俺は根性で残りを平らげると、急いでシラユキの肩まで登った。 ――俺も、連れて行ってくれ。 「一緒に行くんですの?」 ――モチロン。 俺がそう言うと、シラユキはニッコリと微笑んだ。 「にいさまーっ♪」 「あ、白雪。来てくれたんだ……」 「ニ゙ャーッッッ!!!」 「う、うわぁーーっ!」 「だ、ダメですの、アルバーっ!」 シラユキの兄貴とやらよ。 残念だが、シラユキは俺のものだ。お前になんか、渡さないからな! |
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