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 其処には、ぽっかりと穴が空いていた。

 それは、本来其処に在ることの無い筈の穴。異質であるもの。在り得ないもの。
 けれど、其れそのものの中央かなめに空いている訳ではないから、動かすことには何ら支障はない。それに、刳り抜かれたように奇麗な円柱状の穴だから、珍しく、見方によっては美しく見えるかもしれない。
 それなのに、私にとって其れはひどく悲しくて、そして切なく見えた。



「以前から、貴方の事が好きでした」
「恥ずかしながら、私も同じく、想っておりました」



 「喪失うしなう」という事は、「痛苦くるしみ」である。
 こんな簡潔に言ってしまうと、説得力なんて欠片も無いように聞こえる。実際、私もこの答えはきっと間違いだと思う。けれど、私は其処に納得いくであろう言葉を持ち合わせてはいない。だから、今はこの言葉を代わりに埋めているのだ。



「ずっと、一緒に居ましょうね」
「勿論。約束します」



 其れにとって、その穴には本来埋まる可きものが在ったのだと思う。他のものは然も当然のように其処に埋まっているのだから。其れには其れに見合う何かが在ったのだ。


「馬鹿な事を言わないで頂戴。一体、何の冗談なの?」
「冗談を言っているのは君の方だろう? 私は何もしていないのだから」



 けれど、其れは「喪失」してしまった。何がいけなかったのだろうか。何がそうさせてしまったのだろうか。その因るところは、私には判る筈が無い。判る程度の事ならば、私は「喪失」なんてさせない。


「もう如何だっていい。もう知らない!」
「私も知りたく無いよ。沢山だ」



 けれど、其れは「喪失」してしまった。ということは、きっと其れは「痛苦」を覚えてしまったのではないか。物だからそんな感覚を持ち合わせている筈が無いのに。
 だからこそ、私は其れに悲愴感を見出してしまったのだ。



「さようなら。二度と逢いません様に」
「さようなら。二度と顔を見ぬ様に」
















すきとおるような、あおい














 此処まで言ったものの、私は明日にも、ゴシック体過去の想いのことを丸っきり「喪失」しようと思っている。忘却なんて生易しいモノじゃない。今まで書いた文章を諦めて、片っ端からデリートキーを押すように、全てを「喪失なくす」のだ。バックアップすらない、更地の様にしよう、と。





 「喪失」することには「痛苦」が付いてまわる。もしもこの事で「痛苦」が私に訪れるのなら、甘んじて受け入れよう。そうすれば、あの想いも消えて失くなるのだから。
 受け入れてでも、「喪失なく」したいから。





 私は、穴の空いた其れを粉々に砕いた。……と言っても、私の力では鎚を使って変形させるのが精一杯だった。
 けれど、悪戯に「喪失」を象徴させる其れを、見るも無残な形に変えられたのが、正直嬉しかった。




 机の上に其れを投げた。歪になった其れは一・二度跳ねて端に置いてあった小物入れに当たった。その左斜め先に、一つの青く細い柱が転がっていた。手に取りそれを見ると、紛れも無く、壊した其れの穴に合致するものだった。





 それは、すきとおるような、あおい色をしていた。余りにも無垢なそれは、その純粋さ故に刃と為った。
 もし、気付くのがもう少し早かったら、其れは直すことが出来ていただろうか。壊さずに置いておいたら、後に気付けていただろうか。悔やんでも仕方の無い事だと判っていても、私は……。





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 そして今も、五行もの空白の中心私の精神の穴を埋めるモノは無い。もう夢を見られるようなあおい日々は過ぎ去ってしまった。けれども、願わくは、すきとおるような、あおい宝石が、其処を埋め尽くしてくれますように。








-Fin?















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閉じて戻ってください。



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