紅く、朝日が昇る。 あの時見た朝日と変わりなく輝く朝日。 一点の曇りのない、青空が広がる。 あの時行った遊園地の観覧車から見た青空と変わりなく広がる青空。 寒風の吹きすさぶ中で、珍しく早起きした私が見たのは、そんな景色。 ただ違うのは、隣にアニキがいないこと。 |
まぁ、理由は簡単。私がアニキと離れて、アメリカに留学してるから。 そう、私からアニキと離れたの。 留学するのは、ずっと前から考えてたことだったの。 私が尊敬してたお祖父さんも、留学してたっていうし……機械工学をもっと深くやってみたいって考えたら……そうした方がいいだろうし……。 けど、そのことを考えると何時も頭に浮かぶのは……アニキの顔。 留学すれば、アニキには暫く会えない。 もともと離れて暮らしてはいたけれど、それよりもずっと離れた海の向こう側。 だから、私はアニキが淋しくならないように……じゃないね……アニキが、私のことを忘れないように、日本で私を型どったメカ……メカ鈴凛を作り上げたの。 そして、アニキとメカ鈴凛を残して、私は日本を旅立った……。 それが、大体3年前の春のこと。 今はもう、こっちに来てから二回目の冬。 月日が経つのは、とても早い……別れたあの日のことは、今でも昨日のように思い出せるのに……。 アニキはあの日のこと、覚えているのかな……。 それに、こっちとむこうで連絡を取り合うことも、結構難しいの。 時々アニキに連絡を取ろうとしても、部活や用事で留守なこともよくあるし、その逆もよくあった。 それに、私は時々ラボに篭ってたりするから、電話に出れないことも……。 そんなこんなで、もう1ヶ月半も連絡を取ってなかったりする。 それくらい経てば、私もそろそろアニキの声が聴きたくなってきてた。 人って不思議なもので、どんなに好きな人の声だって、どんなに身近な人の声だって、長い期間聴かずにいるとだんだんぼやけてきて……イメージが薄れていって……いつしか完全に忘れちゃうの。 留守電にアニキの声を録音しておくと、余計に思うの。 アニキってこんな声だったっけ……電話だからそう思うの? なら、ホンモノのアニキの声って? 私がいつも聞いていたはずの声は? ……ってね。 早くアニキの声が聴きたかった。 そんな気持ちが、今日の私の起床時間を早くしたの。 今ならむこうは確か、夕暮れの時間。 私は朝焼けに広がる景色に背を向けて、家の中へと戻った。 けど、いざ電話を目の前にすると、私の手は止まっちゃってた。 一体何を話せばいいのか、どういう風に話せばいいのか、急な電話で怪しまれないか、とか……頭の中、グルグルしてた。 そのまま、時は過ぎてゆく……。 私は何時までも、電話に手を伸ばせずにいた。 いっそ、アニキから電話をかけてくれないかな、何て期待し始めてた。 そうしていた時だった。突然、電話が鳴り出したのは。 あんまりに良すぎるタイミング、ナンバーディスプレイにはアニキの家の番号。 突然すぎて、私は動けなくなってた。 鳴り響くコール。 この向こうには、きっとアニキがいるはず。 一回深呼吸をした。 意を決して、手を伸ばす。 アニキと笑顔で話す自分を、思い描いて。 私は日本にいた。 私は息を切らして、目前の建物を睨みつけた。 目の前に建っているのは、緑の庭と白い建物。 そしてその建物には、白地に赤い十字が描いてある。 そう、私はアニキのいる病院の目の前にいた。 あの日の電話は、メカ鈴凛からだったの。 アニキが衝突事故に巻き込まれて重体。 私の声で伝えられた事実は、半ば信じがたかった。 事実だとすれば、それはとても重かったから。 けど、メカ鈴凛にウソをつくような装置なんてつけてない。 彼女が語るのは、全て真実。 すぐに学校に事情を話して、日本行きのチケットを貰って戻ってきた。 「アニキ……風岡綾人の家族です! アニキは無事なんですか?!」 受付の看護士さんは、少し戸惑った様子を見せながらも、アニキの病室へすぐに案内してくれた。 けど、その病室のドアは、何処か大きい心地がした。 まるで、私を押しつぶすような……そんな威圧感。 けど、私にとってそれは邪魔以外何者でもなかった。 つまり、私はそのドアを、威圧感もろとも一気に押し開けたの。 電子音が鳴った。 そこにはもう既に諦め顔のお医者さんと看護士さん。 たくさんの医療器具。 独特な消毒のにおい。 アニキは、ベットに横たわっていた。 三年前に別れたときとは別人のように、青ざめて、色んな所が血まみれで、傷だらけで、痩せこけてた。 腕にはたくさんのチューブがつながれてた。 もう一度、電子音が鳴った。 これが、アニキにつながれた心電図の音だって気付くのに、30秒。 気付きたくなかったのかもしれないけど。 アニキの傍に寄って、膝まづいて、一箇所だけ傷のなかった右手に触れた。 人の手じゃないみたいに、冷たい手。 温もりなんて、微塵もなかった。 アニキに何か言おうと思った。 けど、言葉は何も出なかった。 頭の中は真っ白で、言葉は何も出てこなかった。 全ての言語を忘れたみたいに。 けど、ひとつだけ、願いが浮かんだ。 あの日かなわなかったこと。 アニキの、声が聴きたい。 口に出して、伝えようとした。 空気を吸い込んだ。 「ピーーーー…………」 その刹那、長い電子音が病室を包んだ。 発するはずだった空気を、飲み込んだ。 私の身体からも、力が抜けた。 まるで、糸を切られた操り人形みたいに。 私のココロを支える糸も、ここで断ち切られた。 アニキの声は、聴けなかった。 そして、もう永遠に聴くことは出来ない。 もう、思い出す事も出来なかった。 1ヵ月半前、アニキは何と言って電話を切ったんだっけ? その前の電話は、何があったからかけてきたんだっけ? 3年前の春、最後にアニキは何と言ったっけ? 声も、姿も、何もかも、もう二度と見ることは出来ない。 紅く、朝日が昇る。 あの時見た朝日と変わりなく輝く朝日。 一点の曇りのない、青空が広がる。 あの時行った遊園地の観覧車から見た青空と変わりなく広がる青空。 寒風の吹きすさぶ中で、アニキの葬式の後からずっと……何日も歩き続けた私が見たのは、そんな景色。 ただ違うのは、隣にアニキがいないこと。 それと、此れが高層ビルの屋上からの景色であること。 そして、この景色を見るのも、此れが最後であること。 そう、私は思いついた。 アニキに会える方法が1つだけあることに。 これなら、ずっとアニキと一緒にいられる。 ずっと、アニキの声を忘れない。 そう、ずっと……永遠に…………。 屋上のフェンスをひらりと飛び越えた私は、そのまま落ちていった。 深い深い谷の底。 その底が、永遠にアニキに会えない場所と知らずに。 -the end. |
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