「Happiness in the room」 東の空の朝焼けが、俺の目に沁みる。 あちらこちらに物が散らばっていて、妙に手狭に感じる六畳間。 此処にいるのは、壁に寄りかかる俺と、傍で蒲団に包まり眠る貴女と、二人だけ。 ただ、それだけ。他には何も無い。 貴女はただ、寝息を立てている。心地良さそうな顔で。すやすやと。 俺はただ、窓の向こうを見ていた。きっと間の抜けている顔で。ぼんやりと。 四角く切り取られた向こうは、紅く染められて、その中の家も、ビルも、雲も、全ては紅い。 けれど、この部屋の中は違う。この空間は染められてなんかいない。 理由は――そう、貴女がいるから。 貴女がこの部屋を、この狭い世界を、このちっぽけな俺を、明るく真っ白に、照らしてくれるから。 平凡で、何の取り柄も無かった俺に、大切な光をくれたから。 『俺』という個をくれた、紅く染まらない世界をくれた貴女に、感謝しています。 今、俺は貴女の為に在る。貴女を想う故に、此処に在る。 貴女を、愛している。 きっと貴女は『そんなこと言うなんて、らしくないね』と言うだろうから、絶対に口に出さないけれど。本当は、こんなこと思う奴なんだ。 眠っている貴女は、クスリと微笑った。 図星だろう? そう呟いてから、頭をクシャクシャと撫でた。 そして、貴女を包むように、もう一度眠りに就く。まだ、時間には早いから。 また、目覚めの時間に、逢いましょう。 「Melancholy of the cherry blossom」 桜が咲きました。 そうは言っても、まだ三分咲き程度の。その上、もう真夜中なこともあって、桜の周りには誰もいませんでした。そして、僕はその桜に寄りかかって、ただただぼんやりと佇んでいました。 ふと、一枚の花弁が、目の前を落ちていきました。ひらひら、はらはら、ゆっくりと、僕の眼を惹き寄せて。 やっと地面に着くと、その先に草履が見えました。いいえ、草履だけじゃなくて、それを履く白い足袋が、白い掛下が、白い打掛が、そして白粉で覆われた顔が、見えました。 「どうかされましたか?」 少しの間の後、僕は白無垢の女性にゆっくりとした調子で問いかけました。 「……私は、待っているのです」 彼女は紅く縁取られた唇をもごもごと動かし、小さく答えました。 「あの人が何時か此処に帰ってくることを、待っているのです」 「もう、ずっと昔のことではないですか」 「ええ、そうね。そんなことは知っているわ」 「……なら、何故待つのです?」 「あの人を、愛しているから」 また一枚、花弁が散りました。 「いつ来るかなんて分からない。約束だってしていない。けれど、あの人は絶対に、此処に来るの」 また、一枚。 「いつだってあの人は此処にいたから……私は、此処で待ち続けるの」 もう、一枚。 「私たちは、心で繋がっているのだから……」 最後の、一枚。 気付けば、目の前には草履が一足、置いてあるだけでした。僕はそれをじっと眺めてから、上を見ました。 それにしても、桜も大変ですね。こんな時期から花を一輪、散らさなくてはいけないなんて。 桜は、答えるようにもう一枚、花弁を散らした。 そして、その先には、土色の革靴。 流石に僕も、溜息をついた。 「Melancholy & Happiness」 あなたは、何を想いますか。 ほんの少しの文と、ほんの少しの思い出しか渡せぬことを、容赦してください。 時は思うほどに長くはありませんでした。 それでも、此処に居られたことは、私にとって幸運だったと思っています。 何れまた、見える時を夢見て。 此処に、旗を立てる。 果てぬ想いを、信じて。 ほんの少しの憂鬱と、ほんの少しの幸福を残し。 今度舞い戻るときには、その遺したものを、抱えて待ちましょう。 此処に台詞は要らない筈でしょう? もう、わかっているのだから。 -Fin
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