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突発不定期連載SS:自信家な狼と気ままな海蛇。 Epilogue-How long is it from here to the end of battle?-






「……はぁ」

真昼の明るいカフェに似つかわしくない憂鬱そうな溜め息が響いた。
その溜め息の主は道路側の窓際にいた。
白いサマードレスを纏い、そして頬杖をつきながら、美しく緩やかな曲線を描く白銀の髪をくるくると指に巻いていた。

「……もう、あれから何億年経ったのでしょうね?」




時は現代。ある人間がネオシスターを開放した。
何故開放されたかは解らない。が、おおよそのネオシスター達は久方ぶりの外界を満喫していた。

但し、おおよそ、のうちに狼の彼女は含まれていなかった。
何故なら、今も未だ、海蛇を見つけるに至っていないからである。
それどころか、彼女に関する痕跡すらも捜し当てられずにいるのだ。

狼はその変幻眼ちからで“神原絵梨朱かんばらえりす”という少女に化身し、北方の寒極シベリアから赤道の熱帯雨林地帯アマゾン、果ては南方の氷の大陸南極まで……地球上のあらゆる場所を捜し歩いた。
……一万年前とは余りに風景が異なっていて、またその何処に行っても人間がいたという事態は、彼女にとってとても衝撃的だったけれど。
だが、その結果判明したことがあった。
翠晶の賢哲王タランチュラミナトを除く殆どのネオシスターは、最大の海の北西端の島……自らが今回開放された島、日本に集結していることだ。
それならば、きっと彼女も此処にいる筈だ。更に彼女も変幻眼ちからを利用していることだろうから、些程広大でもないこの地ならば、噂や視認した情報も得られないことはない筈だ。

その可能性に賭けてみた………のだが。



「はあぁ………」

もう一度、嘆息が響く。
其れは悲壮か、それとも忿懣ふんまんか、はたまたその両方か。

「あれあれ? こんな真っ昼間から溜め息なんか吐いちゃって、どうかしたの?」

すると、彼女の気も知らずして、一人の――顔は良いがいかにも遊んでいそうな――人間の男が馴れ馴れしく会話を求めた。

「……貴方には関係の無いことですわ。気安く話し掛けないで下さりませんか?」

彼女はもう一度溜め息を吐いた。

実は、このテのモノは初めてのことではない。それこそ当初は戸惑いもしたが、世界を廻る間に幾度となく遭えば、扱いにも慣れてしまうものである。
それで、こうして意見を臆面なく言える女性を演ずると、大体の男性は――“神原絵梨朱”の線の細い外見からか弱さを期待している為かも知れないが――それに臆してひいてしまうのだ。

「つれないなぁー……でも、そういうの好きだなー、俺」

……時折、逆効果を生み出してしまうけれども。
たまにいるのだ。こういった差異ギャップを好む者が。
彼女はその反応に顔をしかめるが、この男は気付く素振りも見せずに微笑いながら彼女と対している。

「……はっきり言わなければならないのですか? わたくしは貴方に付き合っている程時間が余ってなどいないのですわっ!」

あまりの脳天気さに呆れ返り、彼女はぴしゃりと言い放ってその場を離れようとした。
が、振り返ったところで左腕を掴まれた感覚がした。

「おい待てよコラ! こっちが下手に出りゃ付け上がりやがってよぉ……こんな時間にうろついてて忙しいワケねぇだろ?! いいから来やがれ!!」

男は顔を歪ませて、口汚く物言い、掴んでいる手の握力を上げ、彼女を自分の側へ引き込もうとする。

「…っ……??」

しかし、彼女は動かない。
幾度引っ張ってもびくともしない。
穏やかならぬ言動に各々のテーブルから様子を見る他の客達も、どこと無く違和感を感じた。

「……あまり怒らせないで戴けますか? わたくし、今気が立っていますから」
「るせぇな! 動けっつんだよ!」

彼女の警告・・も聞かず、男はそれでも引こうとする。
パリパリ、と何かが変わる音すらも聞き逃して。

「いい加減にしないとわたくし……」



その瞬間だった。重い音が道路の方角から響いたのは。
しかも其れは足音の様な連続性を持って……此処へ接近する心地があった。

カフェは聞き慣れぬ音にどよめきだした。関心は一挙に其れへ傾いていた。

「おい、何だってんだよ、此れはよぉ?! 何でこんなヤバイ音が……っ」

男もかなり焦躁感に駆られていた。
手にかいた汗の感覚が彼女の尖りかけた腕に直に伝わる。



そして。



煌金の大いなる弾丸が硝子を突き破り、彼女の目前へ飛び込んだ。
彼女の手をひいていた筈の男は、腕だけを遺して弾丸に持って行かれ・・・・・・、ただの肉塊として向こう側の壁に張り付いていた。
人々のどよめきは、一気に悲鳴に変わる。そして、其れは大挙を成して出口へと駆けた。

しかし、それでも彼女は動かなかった。
それどころか、煌金の戦車から「あらら、外しちゃいましたか」とわざとらしい台詞が聞こえると、にやりと口角を上げた。

「久しぶり、ですわね……菊依ちゃん?」

そのまま彼女は話し掛ける。

「ふふ……お久しぶりですね、絵梨朱ちゃん」

こちらを振り向いた猪も、微笑を湛えていた。ただ、すぐに緩みを引き締めたが。

「……人間の姿、ですか」
「本来の姿の方が宜しかったでしょうか?」
「そうですね……けど、その姿、とてもか弱そうで……食べちゃいたいです」
「ふふっ……そんなこと、人間の牡に何度も言われましたわ」
「そんな下衆な輩と一緒にしないで下さいな……菊依は本気ですよ?」

猪は言い終えると、冗談とも本気ともつかぬ笑顔を彼女に向けた。

「あら、他の子楓ちゃんにちょっかいを出していたのは何処のお方でしたか?」

狼もまた、小さく微笑み、それに返した。

「それは貴女も同じでしょう? 海蛇瑞葵ちゃんのこと、まだ考えてるのでしょう?」
「……違いますわ。あの娘には……ただ、もう一度逢って、話がしたいだけですわ」

ふと、彼女は割れた窓へ視線を逸らした。その眼に隠せぬ想いを籠めて。

「そんなことを言ったら、私だって楓ちゃんに逢って、話して、触りたい、って程度ですよ??」
「貴女の場合、最後に違う意味も含まれてるでしょう?」
「いやですねぇ、菊依の想いは何時だって純粋なんですよ〜?」

けたけたと笑う声が、無人になったカフェに響く。
少し間が空くと、煌金は綻んだ表情を少し引き戻し言った。

「……と、言う訳ですので、菊依は楓ちゃんを取り戻しに行きますね」
「…………?」

狼は意味を捉らえられなかった。
まるで、紫紺の白刃ビートルカエデが捕らえられているような物言いに。

「……何処に、ですか?」
「“仮面シスター”とか名乗る巫戯ふざけた人間たちです。あいつら、楓ちゃんや璃璃夢ちゃんの力を使って私たちネオシスターを捕まえてるんですよ」

――あの・・カテゴリーAの力を?――
狼は一瞬、耳を疑った。ネオシスターならばともかく、ただの・・・人間が彼女らの力を使用する等、通常考えられないことだった。
そして……二言目には。

「……捕まえる?」
「ええ、しかも封印した娘たちの法具まで使って……全く、私の楓ちゃんを……」

愚痴を言い出した猪を尻目に、狼は思索していた。
封印した上に利用も可能……まさにネオシスターと同じである。そして、中々の数を倒しているようであり、力はある……彼女は警戒心と共に、ふと、その人間達を利用できまいかと思い至った。人間の知能に関しては、世界を巡る間にそれなりに見聞きしていて、案外侮れぬものだとも知った。価値は十分ある。
ニッ、と彼女は不敵な笑みを浮かべた。

「……それとですね、」

不意に愚痴を止めた猪は、話を付け加えた。

「あちらには、どう言ったわけか、同じ様に海羽ちゃんの力を使っている………千の影ジョーカーがついているんです」

驚いた。
またも自分の耳を疑わさせられてしまった。
切り札がある側に加担している?





「そんなこと、有り得るのですか?」

声が響くのは、雲に覆われ、月影も見えぬ夜の下。
彼女は猪が英雄大甲虫を迎えるために別れた後、ビルの屋上で独り呟いた。
そして、想った。有り得ぬこの事態を。
だが、猪が述べた情報が真実だとしたら。

あの娘瑞葵ちゃんは、必ず其処へ向かう……!」

待ち望んでいたそれが、現となる。

「そして……人間達を唆して、利用してしまえば……」

切り札でさえ、手に入れることは手易くなる。

「…………ふふふっ、待っていなさい、仮面シスター……そして、ジョーカー……」

雲が一箇所でのみ、フツリと途切れた。
その場から顔を出したのは……金色の望月。

「……待っていてくださいませね、瑞葵ちゃん」

彼女は立ち上がると、咆哮を始めた。
それは紛いもない、狼の雄叫び。
まだ得てもいない希望を得たような笑い。
それを早計と気付かぬ、愚か者の咆哮。


……いいや、違う。
得られぬ希望へもがき苦しみ続ける悲愴。
永き時の想いを消せぬ、哀しき者の声。






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あとがき








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